麦餅つき祭り(宮園津江神社)

開催日:毎年7月15日麦餅つき祭り

(引用:旧中津江村教育委員会より)

宮園津江神社の祭事 「麦餅つき祭り」の由来<大分県指定無形民族文化財 >

 豊後・肥後・筑後にまたがる三国山の西麓、鬼の洞に盗賊が住んでいた。

 盗賊は旅人や近郊の住民を苦しめていた。困り果てた近国の領主は、九州探題の大友氏に訴え、大友氏は中津江に住んでいた長谷部宗俊(中津江長谷部家の先祖)に討伐を命じた。盗賊は岩山の岩窟に立てこもり激しい戦いを展開したが、宗俊は賊将を討ち取った。

 その討伐前に宮園神社で戦勝祈願をしたことから、天福元年(1233年)に戦いの様子を模してこの祭りが始まったとされている。

 この祭りは、毎年7月15日に催される。

 当日は、氏子たちがふんどし姿になり、樫の丸木棒をもって登場する。川の水で水ごりをとり、かけ声を交えた餅つき歌を歌いながら餅つきを始める。

 最後は、「あばれつき」となり激しい戦いを表現する。餅つきが終わると、杵に使った樫の丸木棒を折り、参詣人はこれを貰って帰る。魔除け、疫病除けのためといわれている。


 上記は、宮園津江神社境内にて説明されているものの引用文です。

 800年ほど前から行われている行事ということですね。地元の保存会の皆さんによって受け継がれている行事です。ふんどし姿で餅つき歌を歌いながら餅つきをする、また、最後の「あばれつき」や樫の棒を次々と折っていくなど、見ごたえのある行事です。
 地元だけでなく、遠くから見物に来る人もおられます。

 祭りは、まず、神社下の水で身体を清め、蒸した麦を樫の棒の杵で餅つき、出来上がった餅は型に入れて整え神殿へ運ばれ神事が行われます。途中で、参加している人にも餅つきを。
 最後は、樫の棒をやぐらのように組んで「あばれつき」。そして、樫の棒を折って、参拝者に魔除けとして配られます。

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